つわり奮闘記➀

5W~7Wまでのつわりの記録です。

つわりがありながらも勤務をしていた時期

嘔吐恐怖症なのに吐き気が止まらない

私は大学生の頃から嘔吐恐怖症でした。
家にあったビーフジャーキーで食あたり…嘔吐を繰り返し食道炎になり胸が激痛。
唾も飲めなくなりました。(胃カメラ検査までしました笑)
その時の出来事以来吐くことはどんなに気持ち悪くてもできませんでした。

社会人1年目に腸閉塞になっても吐けず…胃洗浄をしてもらいました。

しかし、空腹になっても気持ち悪い。少し食べても気持ち悪い。
というのが私は5週目から始まりました。

この時は1日を6食に分けて食べていました。

朝:コーヒーとフルーツ少量
職場に到着して:50gのおにぎり1つ
昼:子供用ビスケット3枚
仕事終わり:50gのおにぎり1つ
夕:味噌汁とトマト
入浴後:ウィダー㏌ゼリー

というように分食していました。
もちろん毎日食べれていたわけではないです。

6週目7週目が私は一番しんどくウィダー㏌ゼリーを1日かけて飲むのがやっとな日もありました。

それで吐き気がきても吐かなくて済むようにコントロールしていました。

どうしてもお腹が空いても吐くことよりはいいと言い聞かせ我慢。

空腹を耐えるのは大変でした。

つわりと向き合うのってホントに大変でした。

今辛い方も安定期に近づけば少しずつ落ち着いてくることを信じ過ごしてほしいです。

人生初の欠勤

私は一度もコロナに感染することなく過ごすことができています。

しかし、社会人3年間感染対応で有休消化を余儀なくされました。
濃厚接触者であったり、声が少し枯れただけで3日間休むように言われ貴重な有休を失ってしまいました。

そのため、いくらつわりで眠れなくても吐き気がしても主人に協力してもらい出勤していました。

しかし、7週目に入った頃から気持ち悪さと倦怠感が増し、ずっと船酔いをしているような気分になりました。
それでも最初は一生懸命出勤していたのですが、
7週目中ごろベッドから立ち上がろうとしても身体がいうこときかない。

主人に「仕事は私ができるけど子どもをお腹で育てられるのはひなたさんしかいないよ。休もう。」
と言われ人生で初めて欠勤しました。

悔しいかったです。

看護師になってから一生懸命出勤してきたのに欠勤になったことで
基本給も下がってしまうし、退職金にも響く。

でも仕事はこれからもできるけれど子どもはこの子だけ。

そう思ったら仕事の向き合い方を考えようと思えました。

夜勤は断念

妊娠6週目までは夜勤をしていました。

しかし、7週目から朝がとにかくしんどい。
仮眠がまともに取れないため、夜勤をすると2日間くらい倦怠感が5倍くらい。

それでも将来の子どものために夜勤をしようとする私に主人からストップがかけられました。
「家でもこんなに頑張っているひなたさんこれ以上頑張らなくていいよ。」と

主人は自分に自信がなく結婚するときも決め台詞のようなものもなかったのですが
この時ばかりは
「ひなたさんと子どものために僕が頑張るから。」
と言ってくれました。

私は勤務を日勤だけにする決意をしました。

お金の自由もなくなるけれど、私は看護のお仕事が好きなので産休までは日勤を頑張ることに。

食べられたもの・食べられなくなったもの

よく皆さんがつわりが始まると食べられるのもが減る。
と言いますが私もでした。皆さんの参考に私の実例を挙げたいと思います。

<食べられたもの>
・トマト(絶対的エース)
・柑橘系のフルーツ
・リンゴジュース
・ウィダー㏌ゼリー
・子ども用ビスケット

<食べられなくなったもの>
・焼き魚
・味噌汁
・暖かい飲み物
・お肉
・炊き立てのお米
・キムチ

などです。

わかりやすく言えば匂いがあるものはNG。という感じでした。

匂いと言えばもう柔軟剤・芳香剤・香水の匂いは今でも地獄です。

今では味噌汁・お肉・お米は克服しました。
つわいりって不思議ですね。
この時期は無理をせず食事をするのが一番ですね。

正直きいていたかわかりませんがこのころに悪阻バンドを購入しました。
お守りのように毎日今でもつけています。


つわりがひどい時期はなんでもいいから少しでも症状を抑えたく使っていました。

読者の皆様にもそういう方がこの投稿にたどりついた方もいらっしゃると思います。
少しでも役にたてるように更新していきます。

次回は食べづわり編です。

毎日PM20時に更新していきます。

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